東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)183号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第三ないし第五号証によれば、本願発明は、燃焼室に向かう流体(ガス)の流れの分布を最適にするような形状を有し、デイフユーザ相互の均一性を確保するように公差を精密にして製造し得る遠心圧縮機用デイフユーザ(本願明細書第二頁第四行ないし第八行)を提供することを目的とし、本願発明の要旨とする構成、特に「通路(10)の出口(14)」は、「近似的に長方形の断面」であつて、「二つの平らな対向側部(16、18)と二つの対向わん曲側部(20、22)とによつて限定され、該二つの平らな対向側部は相互に平行である」ことを必須の構成要件とするものであつて、この構成を採用したことにより、「デイフユーザ出口の近似的な長方形はデイフユーザ出口と連通する環状燃焼室へ向かう流れの分布を最適にする。デイフユーザ通路の直線性と規則性により、デイフユーザは、簡単な工具を用いて環状板の放電フライス削りを行うことによつて精密な公差に応じて製造し得る。これによつてデイフユーザ相互の均一性と一貫性が確保される。」(同頁第一六行ないし第二頁第三行)という作用効果を奏するものであることが認められる。
2 原告は、引用例記載の普通のデイフユーザは、通路の出口が矩形断面で、二つの対向側部と二つの対向直線側部とによつて限定され、二つの対向側部は相互に平行な平らな面を有していないのに対し、本願発明は、デイフユーザの出口が近似的に長方形の断面で二つの平らな対向側部と二つの対向わん曲側部とによつて限定され、二つの平らな対向側部は相互に平行である点において相違しており、審決はこの相違点を看過している旨主張する。
そこで、引用例記載の普通のデイフユーザの出口断面の形状について検討すると、成立に争いのない甲第二号証によれば、引用例には、「普通の大抵のデイフユーザでは、一般に、円周方向に相隔たる案内羽根を設けて、流れを拡散させる為の面積が拡大する通路を作る。円周方向に相隔たる通路が曲線状断面であるデイフユーザは周知である。(中略)然し、曲線状通路の間に見られるような一連の鈍つた縁から出てゆく流れは乱流になり、かなりの流れ損失を招く。出てゆく流れが滑らかで一様である為には、直線状通路に見られるような縁が薄い羽根が最も望ましい。この為、折衷案として、通路に最初は円形又は曲線状の入口断面をとらせ、徐々に矩形の出口断面になじませることにより、デイフユーザから出てゆく流れを滑らかで一様にしながら、流れの剥離を最小限にすることが、好ましいと考えられている。」(第一頁右下欄第一六行ないし第二頁左上欄第一六行)、「デイフユーザで運動エネルギから静圧エネルギへの変換効率を最大にするには、通路の長さを一定に保ちながら、通路の出口面積と入口面積との比を変えることが必要になる場合が多い。(中略)環体の外周を通路の総数で割つた時、矩形の出口断面の周辺方向の寸法が一定になり、変えられないように、通路の総数も他の設計基準から自ずと決まつて了うことがある。従来、複雑で経費のかゝる加工作業をするか、又は嵩張つた余分の金物を付け加えないと、矩形の通路出口の、軸方向寸法を円形の入口断面の直径より小さくすることが出来なかつた。」(同欄第一七行ないし同頁右上欄第一〇行)、「通路に最初は円形入口断面25をとらせ、通路を徐々に矩形出口断面26になじませて、流れの剥離を最小限に押えながら、デイフユーザから出てゆく流れを滑らかで一様にする事が周知であることは、前に述べた通りである。通路24の入口断面積Aiは次式で表わされる。Ai=πr12こゝでr1は円形断面25の半径である。出口断面積Aoは次式で表わされる。<省略>こゝでroは環状デイフユーザ11の半径、αは中心線27と半径roとの間の角度、Npは通路の総数、Wは各々の通路の軸方向の幅である。」(同頁右下欄第一二行ないし第三頁左上欄第七行)と記載され、また、別紙図面(二)のFig1には、普通のデイフユーザと遠心圧縮機との部分断面図、Fig 1aには、Fig1の線1a―1aで切つた断面図が示されているが、Fig 1aに示された矩形出口断面26はその各辺がいずれも直線であつて隣り合う二辺は互に直角に交わつていることが認められ、かつ、引用例記載の普通のデイフユーザの出口断面が近似的に長方形の断面であることを示す記載も示唆も存しないことが認められる。
右認定事実によれば、引用例記載の普通のデイフユーザの通路は、通路の入口断面に円形を、出口断面に矩形(長方形)をそれぞれとらせ、この円形入口断面を徐々に矩形出口断面になじませるようにしたものであり、矩形出口断面は二つの対向側部と二つの対向直線側部とによつて限定されたものというべきであつて、この通路の出口をもつて、その断面は本願発明の要旨とする、近似的に長方形の断面であつて、二つの平らな対向側部と二つの対向わん曲側部によつて限定され、二つの平らな対向側部は相互に平行であると認めることはできない。引用例には、通路の出口断面を近似的な長方形の断面とする技術的思想が存しないことは、前掲甲第二号証によれば、引用例には普通のデイフユーザについてその出口断面が近似的な長方形の断面であることを認めるに足りる記載も示唆も存しないだけでなく、引用例に記載された特許出願(昭和四七年特許願第八三七九七号)に係る発明が普通のデイフユーザの技術的欠点の改良を目的とするものであるのにかかわらず、その技術的意義について格別説明することなく、通路46の矩形出口断面38を四角の隅を持つ矩形(第三頁右下欄第七行、別紙図面(二)Fig3ないしFig5参照、ことにFig 3aには普通のデイフユーザと同じく各辺が直線で、隣り合う二辺は互に直角に交わつた出口断面38が示されている。)としており、この出口断面を近似的な長方形とすることについての記載も示唆も存しないことが認められることからも明らかである。
被告は、デイフユーザの通路の加工方法は、フライス加工又は電気化学式加工のような製造技術により複雑な加工作業に頼らずに加工するのが普通の方法であるところ、直角のかどを有する通路を単一の工具を用いて精密に加工することは至難であるから、引用例記載の普通のデイフユーザの矩形出口断面26は直角のかどを有するものではなく、その隅に丸みのある近似的な長方形である旨主張する。
前掲甲第二号証によれば、引用例には、被告主張のように、「通路をフライス加工又は電気化学式加工のような普 の方法で加工することが出来ることは、特に有利である。」(第四頁右上欄第二〇行ないし左下欄第三行)と記載されていることが認められるが、右記載は引用例記載の発明における通路34の加工方法に関し、普通のデイフユーザの加工方法に関するものでないことはその記載内容に照らし明らかである。また、引用例には、「従来、複雑で経費のかゝる加工作業をするか、又は嵩張つた余分の金物を付け加えないと、矩形の通路出口の、軸方向寸法を円形の入口断面の直径より小さくすることが出来なかつた」と記載されていることは前記認定のとおりであるが、引用例にはそのことを理由に矩形出口断面26の隅を丸みのある近似的な長方形とすることについての記載も示唆も存しないから、この記載を根拠に被告主張のように理解することはできない。そして、引用例記載の普通のデイフユーザにおいて円形入口断面25から矩形出口断面26に向かつて断面の形状が徐々に変化する通路24を形成することの難易はともかく、直角のかどを有する通路及び精密に直角のかどを形成すること自体は、ブローチ等の単一の工具を用いれば容易になし得ることは本件優先権主張日前当業者の技術常識であつたというべきであるから、加工方法の困難性を理由に引用例記載の普通のデイフユーザにおける出口断面は隅に丸みのある近似的な長方形断面であるとする被告の主張は採用できない。
また、被告は、引用例記載の普通のデイフユーザにおける矩形出口断面26が直角のかどを有する長方形であると、流体の流れに乱れを生じ、その通路24から出て行く流れは滑らかで一様なものにならなくなり、引用例の第二項右下欄第一二行ないし第一六行の記載と矛盾するから、矩形出口断面26はその隅に丸みのある近似的な長方形である旨主張する。
引用例に、被告主張の「通路に最初は円形入口断面25をとらせ、通路を徐々に矩形出口断面26になじませて、流れの剥離を最小限に押えながら、デイフユーザから出てゆく流れを滑らかで一様にする事が周知であることは、前に述べた通りである。」との記載が存することは、前記認定のとおりであるが、前掲甲第二号証によれば、右にいう「前に述べた通りである。」とは、「曲線状通路の間に見られるような一連の鈍つた縁から出てゆく流れは乱流になり、(中略)この為、折衷案として、通路に最初は円形又は曲線状の入口断面をとらせ、徐々に矩形の出口断面になじませることにより、デイフユーザから出てゆく流れを滑らかで一様にしながら、流れの剥離を最小限にすることが、好ましいと考えられている。」(第二頁左上欄第六行ないし第一六行)との記載を指すことが明らかであり、右記載によれば、曲線状通路(途中の断面が曲線状の通路)の鈍つた縁では出て行く流れは乱流となるので、出口断面は、直線状すなわち矩形にて縁を薄くすることが好ましいと理解されるから、被告指摘の記載を理由に引用例記載の普通のデイフユーザにおける矩形出口断面26がその隅に丸みのある近似的な長方形であるとすることはできない。
さらに、被告は、引用例のFig 1aは願書添付図面であつて、設計図面のように正確な寸法割合が構造の細部の詳細形状に至るまで正確に図示されるものではなく、また、引用例の出口断面積Aoの計算式中の<省略>は矩形断面26の一方の対辺間距離を正確に表したものでないから、原告主張のように引用例のFig 1aや右計算式を根拠に引用例記載の普通のデイフユーザにおける矩形出口断面26を長方形断面と認めることはできない旨主張する。
しかしながら、引用例には、普通のデイフユーザにおける矩形出口断面26の断面形状が矩形(長方形)であることを理由づける記載が存する一方、これを隅に丸みを有する近似的な長方形断面とする技術的思想が存しないことは前述のとおりであり、Fig 1aもこの記載に従つて矩形出口断面26の各辺をいずれも直線とし、その隣り合う二辺は互いに直角に交わつているものとして図示しているものと理解され、また、引用例の出口断面積Aoの計算式<省略>については、幾何学上、通常、右計算式中の環状デイフユーザ11の半径roが大きければ、roの円の弧は直線(弦)に近づくものとして扱われ、また、通路総数Npが多ければroの円の弧の長さは弦の長さに等しいとして扱われるので、矩形出口断面26の一方の対辺間距離を正確に表したものと認められるから、被告の右主張は理由がない。
次に、被告は、引用例記載の普通のデイフユーザの矩形出口断面26は、その隅に丸みのある近似的な長方形と認められ、通路24は、「最初は円形入口断面25をとらせ、通路を徐々に矩形出口断面26になじませて」(第二頁右下欄第一二行、第一三行)いるのであるから、この通路24の出口は、二つの平らな相互に平行な対向側部に連なる二つの対向わん曲側部によつても限定されている旨主張する。
しかしながら、右矩形出口断面26が隅に丸みのある近似的な長方形と認められないことは前述のとおりであり、被告援用の「通路に最初は円形入口断面25をとらせ、通路を徐々に矩形出口断面26になじませて」という程度の記載では、右通路24の円形入口断面25から徐々になじませて矩形出口断面26に至る途中の形状は判然としないといわざるを得ず、前掲甲第二号証を検討しても、引用例には、矩形出口断面26は、二つの平らな相互に平行な対向側部と二つの対向わん曲側部とによつて限定されていると認めるに足りる記載は存しない(Fig 1aは矩形出口断面26と円形入口断面25を示すものであつて、通路24の周囲の側面部分をも示しているとは到底認めることができない。)から、被告の右主張は理由がない。
したがつて、本願発明と引用例記載の普通のデイフユーザとは、本願発明が通路の出口14は近似的に長方形の断面であつて、二つの平らな対向側部(16、18)と二つの対向わん曲側部(20、22)とによつて限定され、該二つの平らな対向側部は相互に平行であるのに対し、引用例記載の普通のデイフユーザが通路の出口断面は矩形(長方形)であつて、二つの対向側部と二つの対向直線側部とによつて限定され、二つの対向側部の形状は明らかでない点において相違しているというべきである。
そして、本願発明は右相違点に係る構成により、前記1認定のとおり、デイフユーザの通路の壁面に直角のかどがないため流体(ガス)の流れの分布を一様に保つことができ、デイフユーザ出口と連通する環状燃焼室へ向かう流れの分布を最適にし、デイフユーザ相互の均一性と一貫性が確保されるという優れた作用効果を奏するものであるのに対し、引用例記載の普通のデイフユーザにおいてはその矩形出口断面が四隅に直角のかどを形成しているため、流体(ガス)がこれらのかどで乱流となり多数の渦を発生しやすく、流体の流れの分布を一様に保つことができない(引用例記載の普通のデイフユーザにおいて、「流体の流れを滑らかで一様にする」との引用例の記載は曲線状通路と比較しての作用効果にすぎないことは前記認定のとおりである。)から本願発明の右作用効果を奏することができないというべきである。
3 以上のとおりであつて、審決は、本願発明と引用例記載の普通のデイフユーザとの前記構成上の相違点を看過し、かつ右相違点に係る構成に基づく作用効果の相違をも看過した結果、本願発明は引用例記載のものから容易に発明をすることができたとしたものであるから、違法であつて、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
遠心圧縮機を囲む環状ハウジング(9)と、該環状ハウジングの周囲に沿つて相隔たりかつそれを貫通している複数の通路(10)とを含み、該通路は入口(12)の断面が円形であつて前記遠心圧縮機を出る加速ガスを受け入れるように配置され、そして前記通路の出口(14)における近似的に長方形の断面に次第に変形している、比較的高圧の遠心圧縮機から環状燃焼室へ向う加速されたガス流を拡散させるデイフユーザ(8)において、各々の前記通路は直線形の中心線を有しており、かつ各々の前記通路の出口は二つの平らな対向側部(16、18)と二つの対向わん曲側部(20、22)とによつて限定され、該二つの平らな対向側部は相互に平行であり、該対向わん曲側部はデイフユーザ出口に極めて鋭い端縁(24)を形成することを特徴とするデイフユーザ(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
<省略>